先進国・都会の豊かさ。
東京の養護学校に行ったことがある。
そのときにも思ったのだが、
先進国の豊かさはこのような障害を持った人たちも
楽しく過ごせることではないかと思った。
その養護学校は参加している学生は皆それぞれにあわせた方法で教育され、体育なども皆ができるスポーツや道具が使用されていた。
学校もバリアフリーになっていて、送り迎えも完璧だったからだ。
今日の出来事。
雨の中、お米を宅急便に持っていった帰り、
盲目の人がスティックをついて歩いていた。
県道で車はたくさん走るのだが、道は細く、歩道もない。
しかも雨なのでびしょぬれになって歩いていた。
車を止めて、駆け寄り、声をかけて車に乗ってもらい
その人の目的地まで送っていった。
マッサージの会社に勤めていたが潰れてしまい、
今日はハローワークに行ってきたらしい。
この道にバスは走っているが、
一日3本、昼間はまったくないに等しい。
彼を送っていった帰りにふと思い出したのが
その4年前に感じた気持ちだった。
1年生の夏休み、
途上国の子供たちのために何かしたいと燃えていた僕は
インドネシアの現地NGOに1ヶ月勉強させてもらいに行った。
彼らのためにと思っていった僕は何もできず、
彼らから教えてもらうことばっかりだった。
彼らの経済的な貧しさの中に、心の豊かさを見たことで
豊かさとは何かわからなくなり、
日本の何かさびしい雰囲気の社会に嫌気をさしていたときだった。
養護学校の子供たちへの対応をみて、日本の豊かさはここにあったと思ったのだ。
インドネシアでは障害を持った子は世間から隠されたり、お金を貢いでもらうための見せものになっている子もたくさんいた。
街の道路はボロボロで、交通も乱雑なので目の見えない人は一人じゃ歩くのは困難だし、車椅子なんかガタガタでこげないと思う。
むしろ車椅子を持てる人はまだましかもしれない。
知り合いで最近インドネシアに車椅子を届けたり、向こうの障害児を教育するNGOに参加する人もいた。
そう考えると、日本も北欧などに比べればまだまだなのかもしれないが、かなり障害を持った人が過ごしやすいのではないかと思った。
都会と田舎にもその差はある。
道の舗装具合もそうだし、交通の便もそうである。
今は減ったと思うが、近所の目が気になって昔は隠す人もいたかもしれない。
運がよいことに僕の住んでいる地域の人はみんな優しくて、ボラで障害を持っている人の送迎や、普通に皆と接することができるよう補助できる人たちがたくさんいる。
そんな人たちを普段見ていたからこそ、今日は自然に車を止めれて、送っていけたのかもしれない。
もし東京に住んでたら少し怖いし、バタバタしててそんな余裕がなかったかもしれない。←その前にその人はバス使えたかもだけど。
都会と田舎の設備や交通の差は地方は財政が厳しいから仕方ない分がある、だけど皆が幸せで入れるために田舎はその差を人の温かさでカバーできればいいなとも思った。
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